東京高等裁判所 昭和30年(ネ)2547号 判決 1956年7月18日
控訴人 東邦金材工業株式会社
被控訴人 田辺恒之 破産者東京自動車タイヤ販売株式会社破産管財人
主文
原判決中控訴人敗訴の部分を次のとおり変更する。
控訴人は被控訴人に対し金三万二千二百六円を支払うべし。
被控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一 二審共被控訴人の負担とする。
第二項は金一万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。
事実
控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上及び法律上の陳述並びに証拠の関係は、控訴代理人において次の如く主張し、当審における控訴会社代表者金子元の尋問の結果を援用し、被控訴代理人において控訴人の次の主張を否認したほか、すべて原判決の事実摘示のとおりであるからこれを引用する。(但し判決二枚目裏七行目に「四階四合七勺」とあるは「四階三三坪四合七勺」の誤記と認める。)
控訴代理人の主張
一、被控訴人は昭和三〇年三月四日附準備書面をもつて、無断転貸による解除、次いで更新拒絶による本件賃貸借契約の消滅を主張しながら、控訴人に対し、右書面を以て、右主張によれば賃貸借消滅後となるべき時期の賃料を含めて賃料合計五六万円を同書面到達の日(同書面は日附の日に到達した。)から三日以内に支払うよう催告したのであるが、右賃料支払の催告は無条件のものであるから、被控訴人は右書面を以て賃貸借契約の存続を主張するものであり、これと矛盾する従前の賃貸借消滅の主張は撤回されたものとみなすべきである。
二、継続的契約関係の将来の双方の未履行部分につき破産法第五九条の適用があるかどうかについては学説の岐れるところであるが、建物賃貸人破産の場合に総債権者のために破産財団の増加をはかるためだからといつて、賃借人の利益を無視することは許されないことであつて、本条は借家法第一条の二が制定される以前の法律であるから、その解釈、適用は右借家法の規定によつて制限されたものといわなければならない。借家法は建物賃借人の地位の保護を目的とする社会主義的立法であるから、破産債権者の利益擁護を目的とする個人主義的な破産法に優先すべきは、近代法の理念の要請するところである。そもそも破産法第五九条は賃貸人の破産という病理現象を機会に法律関係を決済することを目的として設けられたものであり、賃借人の犠牲において破産債権者に分配すべき財産の増加を企画した規定ではない。それは、破産者の財産の管理処分を可能ならしめるための法条であり、賃貸借を存続せしめたからといつて管理処分が不能になるものでなく、賃貸借関係を存続せしめたまま処分が可能である以上賃貸借契約については破産法第五九条の適用はなく、賃貸人の破産を理由にして管財人は賃貸借契約を解除することはできないものといわなければならない。
三、右の如く賃貸人の破産が解除の原因にならないことは明かであり、賃借人が契約解除ないしは更新拒絶によつて損害を受けるや否やは問題にならないが、仮りに賃貸人と賃借人の損害の比較ということが更新拒絶の正当性の決定に関係があるとすれば、本件において賃借人の損害人のそれに比すべくもない莫大なものであることを主張する。即ち、控訴会社は設立されて以来本件建物に本店をおいて相当多額の取引をしているのであるが、一般に現在の商取引は信用取引が主であり、金融機関の援助がなければ一日として企業を継続できないのは当然であるところで、金融機関の信用は一日で得られるものでなく、長期間の金融取引によつて徐々に生れてくるものであるが、控訴人の今日あるは実に銀行から受けた信用によるといつても過言ではないのである。現に控訴人の取引銀行は控訴人の本店に近い三井銀行通町支店、協和銀行通支店、富士銀行日本橋支店、商工中央金庫等であるが、本件建物以外にこのような立地条件の場所を求めることは困難である。加うるに、控訴人の取引先は鉄鋼問屋であるが、その鉄鋼問屋は中央区八丁堀附近に集つているので、これら取引先との出入、連絡の便利という点からも本件建物を明け渡すことは困難な事情にある。これに対して被控訴人の立場は、本件建物を売却の上破産債権者に分配して破産手続を終結することである。しかして、本件建物を明渡しを得て売るのと賃貸したまま売るのとでは値段が非常に違うから、高く売るために明渡しを求めると主張する被控訴人は、控訴人に対してのみ明渡しの請求をしているので、本件建物の一、二、三階については依然として居住者があり、しかも次々と居住者が入り替つている実情にある。四階建の建物のうち、四階のみを明け渡すのと全部に賃借人がいる場合とでは売り値に多少の差はあろうが、売ること自体は賃貸借の存否如何に関係なく可能であり、しかも容易である。賃貸借関係が存続するための値引による被控訴人の損失は量的なものに過ぎず、明渡しによつて生ずる控訴人の損害はこれと質を異にする重大なものである。
理由
訴外東京自動車タイヤ販売株式会社が昭和二八年一二月二二日東京地方裁判所から破産の宣告を受け、被控訴人が同日その破産管財人に選任されたこと、右会社がこれより先昭和二六年一二月二〇日控訴人に対しその所有の原判決主文第一項記載の建物のうち同項記載の部分(本件係争部分)を賃料一ケ月四万円、毎月末日払、期間昭和二九年一二月一九日までの約定で賃貸したが、賃料がその昭和二八年秋頃から一ケ月五万一千円に値上げされたことは当事者間に争がない。
ところで被控訴人は無断転貸による契約解除、次いで更新拒絶による期間満了を理由として右賃貸借は消滅した旨主張して控訴人に賃貸部分の明渡し等を請求するのに対し、控訴人は被控訴人は昭和三〇年三月四日附の準備書面によつて従前の右賃貸借消滅の主張を撤回したものとみなすべきであると抗争するけれども、本件記録中(第二五丁以下)に存する被控訴人提出の右同日附準備書面(右書面の副本が同日控訴人の訴訟代理人に受領されたことは同書面の欄外記載によつて窺われる。)には、無断転貸による解除、次いで更新拒絶の主張を記載した上、最後に仮に右の主張が容れられない場合の主張として、賃料支払の催告、その支払なき場合の条件附解除の通告が記載されているに過ぎず、決して、控訴人主張の如く被控訴人が右書面を以て無条件に賃料支払の催告をしたものでないことが明瞭であるから、この点だけからいつても控訴人の抗争は全く理由のないものといわねばならぬ。
そこで、先づ被控訴人の無断転貸による解除を原因とする請求について判断するに、この点については当裁判所も原審同様被控訴人主張の如き無断転貸の事実はこれを肯認するに由なく従つて被控訴人の請求は失当であると判定したので、この点に関する原判決の理由の説示(原判決五枚目裏二行目から六枚目表二行目まで)を引用する。
そこで、被控訴人のその主張の更新拒絶による本件賃貸借の期間満了による消滅を原因とする請求について判断する。附言するに、控訴人は破産法第五九条が建物賃貸借に適用なき旨を強調し、その故に被控訴人の請求は理由がないと争うけれども、被控訴人はここで破産法第五九条による解除を主張しているのではなく、借家法第一条の二による更新拒絶を主張しているのであり、破産管財人として更新拒絶をした目的即ち破産債権者に多く配当するため破産財団所属の本件建物の増価のためこれを空家にするという目的と賃借人たる控訴人側に存する事情とを比較すれば、右更新拒絶については正当の事由があるとなすものであることは、その主張自体によつて明白であるから、破産法第五九条の適用に関する控訴人の所論について判断することはその必要を見ず、被控訴人主張の右の目的を加えてその更新拒絶に正当の事由があるかどうかを判断するを以て足り、且つ、それこそが必要なことといわねばならぬ。
さて、被控訴人本人の原審における供述によると、被控訴人は昭和二八年一二月二二日破産管財人に選任されると間もなく控訴人に対し本件建物を買い取るか係争部分を明け渡すかするように交渉し、以てその買取りのない場合には賃貸借の更新を拒絶する旨申し入れたことが認められ、これに反する原審証人金子元の証言部分及び当審における控訴会社代表者金子元の供述部分は信用し難く、他にこの認定を動かすに足る証拠はない。
よつて右申入れが正当の事由に基くものであるか否かについて検討する。被控訴人は更新拒絶の正当事由として、破産管財人としては破産債権者になるべく多くの配当ができるよう図るべきであり、これがためには破産財団に属する財産の処理についてその増価をはかる職責があり、従つて本件建物を空家とする必要があると主張する。しかし破産管財人に一般に被控訴人主張の如き職責のあることは論なきところであるが、破産債権者は破産宣告当時における破産者の財産を一応その当時の現状において(賃貸せられた建物については賃貸せられた現状において)その一般的支払担保視したものと見るべきであり、特に破産という偶発的事故の故にこの現状を他人の犠牲において破産債権者の有利に改変すべき合理的理由は肯定できないから、(破産法の諸種の特則も公平、迅速な分配ということを目的として設けられているに過ぎない。)破産財団に属する賃貸建物を高価に売却するため空家にするという必要は、借家法第一条の二の正当事由の判定にあたり特段の正当性を主張し得べき事柄ではなく、一般の場合におけると同様それ自体としてはそれ程高度の正当性をもたないものといわなければならない。そこで賃借人たる控訴人の本件係争部分を必要とする事情について調査するに、原審証人金子元の証言、これによつて成立を認める乙第七、八号証、当審における控訴会社代表者金子元の供述を綜合すれば、控訴会社は係争部分を権利金百万円を支払つて賃借し設立当初からここを本店且つ唯一の事務所として鋼鉄問屋を取引先とする鉄屑販売業を営み来り、昭和二八、九年頃には一ケ月七、八千万円の取引額をもつに至つたのであるが、かようになつたのも取引銀行が近く、これがため金融上諸種の便宜、利益を受け得たのと、取引先が近くに集つていて、これがため営業上諸般の便宜、利益を得られたのによるのであつて、今ここを立ち退きその立地条件を失うならば、この近くに適当な事務所を得ること至難な実情にあるがため、漸く地歩を固めた事業も行き詰つてしまうという致命的打撃を受ける状態にあることが認められるのである。以上諸般の事情を合せ考えるならば、被控訴人のなした更新拒絶には正当の事由はないものといわねばならない。
然らば本件賃貸借が期間満了によつて消滅したことを原因として控訴人に対し賃貸部分(係争部分)の明渡し及び明渡遅延による昭和二九年一二月二〇日以降明渡しずみに至るまでの損害金の支払を求める部分は失当として棄却すべきである。
次に被控訴人の未払賃料の請求に関する部分については、当裁判所も次の訂正を加えるほか、原判決の理由の説示(原判決七枚目裏初行から八枚目表二行目まで)と同様の判断により控訴人は被控訴人に対し延滞賃料合計三万二千二百六円を支払うべきものと判定したので右部分の理由の記載を引用する。但し次の如く訂正する。即ち、原判決七枚目裏二行目冒頭に「被控訴人の催告に応じて」と加え、同行の「三月四日」を「三月七日」と改め、一一行目から一二行目にかけての「先に認定した本件賃貸借終了の日の」という字句を削る。
以上の如くであつて、結局原判決中控訴人敗訴の部分のうち、控訴人に対し金三万二千二百六円の支払を命じた部分は相当であるがその余は失当であるから原判決をこの趣旨に変更すべきものとし、民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条、第一九六条を適用して主文の如く判決する。
(裁判官 薄根正男 奥野利一 古原勇雄)